つい口を出しちゃう大人へ贈る、自由の種をつぶさないヒント
- Tomoe Sakata
- 12 分前
- 読了時間: 2分

この世には「自由が好きな人」と「自由が苦手な人」がいます。
私はどちらかといえば、ずっと自由が大好きで、自由人すぎて怒られることもしばしば。
でもそのおかげで、嫌なことがあっても失敗しても「まあ自分の責任だよね」と思えるし、自己決定して生きられることが、私の幸福感の源になっている自負もあります。
だからこそ、「自由っていいよね、楽しいよね」という場をつくりたくて、自由工作や「こどもだけのまちづくり」を続けてきた。でも最近、世間とのズレをすごく感じてしまう。
トイレに行くのも、お茶を飲むのも、手を洗うのも、いちいち大人のOKが必要な絶対ルール。子ども同士でも「●●しちゃいけないんだよ」と、なんでもダメ出しされる空気。
学校選びも学び方も選択肢が増えたはずなのに、自由度が上がるどころか、逆に窮屈さが増しているように感じます。
AIがこれだけ身近になって、学び方がどんどん変わっていく時代なのに、未だにひたすら暗記に時間を使う“無駄な努力”のような勉強をするために、大好きな工作を辞めてしまう子を見ていて悲しくなります。
自由が好きな私は、こんなつまらない状況に抗うために、工作という手段で「自由の楽しさ」を感じてほしいと思っています。だけどこの2年ほどで社会全体に広がっている急激な閉塞感はいったいなんなんだろう。
このままでは学歴があっても「ポンコツ社会人」になるんじゃないかと心配になっちゃいます。
「自由に作る」って、実は小さな選択の連続なんです。
何を作るか考えて、素材をダンボールにするか厚紙にするか、木を使うか。
切るときはハサミかカッターか。
貼るのはボンドかテープか。
こで失敗しない方法を安易に教えてしまうと、子どもの選択を否定することになっちゃいます。
工作なんて失敗したって取り返しがつくんだから、どんどん失敗したほうがいい、
大人が口を出すのは、取り返しのつかない失敗が予見できる時だけに、腹を括ったほうが良くない?
日常的に小さな選択をすることに慣れる。それが、自由を扱う筋トレになります。
自由は万能じゃない。でも主体的に考え行動できる人には、やっぱり魅力があるから、ポンコツ社会人にならない。
こどもDIY部や「こどもだけのまちづくり」に来る子には、そんな“選ぶ筋力”を育てて、幸せに生きてほしいと、つい願ってしまう今日この頃です。












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